2019年10月18日金曜日

しごとスタンス(4)

社内業務の方法を変更した時の話。

社内の業務効率が最悪の状態に陥っており、このままでは駄目だという話が上がる。
何故かその業務の実施役に、自分が選ばれた。
頼めばやってくれそう、と言う安直な理由だったように記憶している。




通常業務は山程あった上に、やる事は増えるという嫌な状況になっていた。
やるからには全力を尽くし、完遂するのが我が恩師の教え。
しかし駄目な時にはこれは駄目だと伝え、ケツまくってさっさと逃げるのも教えられている。
沈む船を誰よりも早く見切り、下船するようにと。
どちらに転ぶかは分からないが、その師からの願いもあって、引き受ける事にした。

先ず、何故に業務効率が悪いのかを調べる。
各店舗毎に書類などの書式や内容がバラバラで、しかも手書きとデジタルが入り混じり。
それは社内勤めが長いベテランの経理職が、ミスを連発する程統一感が無く。
そのミスは全て、経理の責任となっていた。
勿論、店舗側で書き仕損じていたり、入力間違いがあったりしているにも関わらず、だ。
これを何とかしなくてはならない。

仕込みに1ヶ月。
新規格の書面の確認と話し合いに3ヶ月を設けた。
その後新しい企画とルールを実施し、業務効率の改善を図るというプランを立てる。
だが、用途をよくわかっていない各店舗は、自店舗の書式以外はおかしいという主張ばかりで、協議そのものが全く進まない。
何となくそんな気はしていたが。
仕方が無いので、よく使われている部分だけを抽出した書式を作り、会議に出す。
あれが無いこれが無いと厳しく追及されたが、なぜ必要なのかを問い、答えを出してもらう。
ここで自分が行ったのは、昔からやってるという意見のみ、全く受け入れなかった。

ある日、下からの突き上げが厳しいから変更を止めたいと、社長が泣いて懇願してきた。
が、自分はにべもなく突っぱねる。
業務効率の改善による売り上げの向上と、現状維持による負担増加とコスト増及び、煩雑な業務に伴う将来的な実質業務時間悪化と総合的な利益の減少、どちらが良いか再度問う。
変更の途中である今止めれば、気分は楽になるかもしれないがその分、後で避けられない負担が会社にのしかかるぞ、と。
社長は何も言えなくなり、黙って引き下がった。

書面の様式が決まり、店舗と経理がこの書面なら良いと納得した物で運用が始まる。
新書面のデジタル化の為、全ての資料や契約書はパソコンで作成するルールを定めた。
FAX使用の際も手書き書面での提出は全て差し戻し。
正直半年以上かかると予想していた話し合いが、2ヶ月程で済んだのは真に僥倖であった。
この頃になると、自分に出来る事などはほぼ無い。
慣れないという店舗や経理の電話に、会社として決めた事だから従うよう、念を押す事だった。

勿論不具合も出る。
入力項目が足りない、等連絡があれば、発見した社員と部署の代表と話し合い、本当に必要なら追加して貰う。
大きな影響が出る修正は、店舗と経理と営業が話し合って、どうするか決めてもらった。
修正も自分は手を出さない。
今回決まったルールも含め、会社で話し合って決まった事なら変更して良い、とだけ伝えておく。
ルール作成者として強権を奮うのではないか、と戦々恐々だった会社も日が経つにつれ、だんだん大人しくなっていった。

変更が完了し、数ヶ月が過ぎた辺り。
社長が内密に話がしたい、と自分を呼び出す。
横ばいか下がる事が予想された利益が、上昇してきたというのだ。
変更した業務内容も、実施してみれば想像より遥かに分かりやすく、皆の評判だけでなく、顧客の評判も良くなった事を告げられる。
社長はこんな変更をしたら会社がぐちゃぐちゃになると思っていたらしい。
書面の見た目を変えただけで、こんな風になるならもっと早くやればよかったとも。
話を聞きながら、自分は内心呆れ返っていた。
何ヶ月も前に何度も説明したであろう、そんな事も理解できていなかったのか、と。
矢張りと言うか、社内で一番大きく変わった部分を、この社長は見落としていた。

何が変わったのか。
一番分かりやすいのは、会社の統一ルールの雛形となるものが作られた事だ。
個人個人が好き勝手に書類を作って提出していたのでは、処理が煩雑になるだろう。
手書きでは早く作れるかもしれないが、読めない字を書いてハイ出来たと提出する社員も出てくる。
また、書面のデジタル化を行っておくと、日常的に使う書類などは修正が容易な上に、必要な時以外は印刷もせずに済む。
それらを矯正するルールと、デジタル化した誰でも読める文字で書かれた書面作りが、効率化に対しての急務であったと思う。
効率が悪い事を理解はしていても、前例が無いからと、誰も変更点として見出せず、手を入れなかったこの部分に、自分は手を入れるべきだと判断したのだ。
暫くして新入社員が、手書き書類を提出し経理に怒られるのを見て、その時初めて自分はこの業務が完了した事を実感した。
今後は好き勝手に書面が作られることも無く、読み間違いや誤字脱字の修正等に時間を取られる事も少なくなる。
皆が話し合ってルールを作り、効率が良い会社へと変えてゆく。
その為の雛形が出来上がった事が一番の成果であろうと思う。
それを書面だけ変えたと言う社長の見識の無さに、自分がどれ程落胆したか、想像してみて欲しい。

この件の顛末で話せる内容は、これで全部だ。
今思い出してみる限り、達成感も何もない業務だったように思う。
社内の揉め事で他部署に迷惑かけるんじゃない、と言うのが正直な感想になる。
いざ蓋を開けてみれば、先見の明が無い社長に、皆が揃って追随し、足の引っ張り合いをしていただけだったのだから。
この後、他社の業務効率等の相談も幾つか受ける事になるが、自社の業務より遥かに楽な仕事であった。

今回はこんなところか。
珍しい業務に関わった時の事を、忘れない内に書き残しておく。
役に立つかは知らないが、また何かを思い出した時に。



君の明日に、笑顔が灯るなら。