異名を持つイラストレーターと出会った時の話。
用事で外出した時、突然初老の男に話しかけられ、道を聞かれる。
道の説明をしつつ話を聞く。
どうやらイラストレーター業をしていて、仕事を探しに来た、という事だった。
何故かコンビニのおにぎりを貰う。
買ってきたが多すぎる、というのがその理由だが、袋の中には買ったであろうおにぎりが全て入っていた。
断ったが強引に持たされたので、礼を言って受け取っておく。
後で買った物をすぐ人に渡してしまい、宵越しの金を持たぬタイプの人、と聞いた。
暫く対話していると、外出の用があったらしい我が恩師がやって来る。
どうも知り合いの様子。
が、違和感がある挨拶だった気がした。
少し話をして、初老の男に別れを告げ、恩師と自分は事務所に戻る。
戻ってから初老の男の話題になり、詳しく話を聞く事に。
仲が良いのかと思っていたが、実際はどうやら違っていた模様。
一言で表すと、村八分にしている商売敵、だろうか。
常識の範囲を超えた採算度外視で、顧客を掻っ攫うという。
そう言えば採算について聞くと、稿料が安い依頼程考える時間を短くする、とか言っていた。
高い依頼は何ヶ月も考え抜き、無償は5分程考えてすぐ描き終えて渡すらしい。
そのような事を話していたと告げると、恩師は頷いて説明してくれた。
そういう事が出来る上に、それでいて顧客の要望は何故か100%満たされている。
よって自然と客足がその人に向いてしまうのだそうだ。
客が望んでいる内容だけは、異常な程きっちり抑えていて、どんなものでも絵描けば顧客満足度がほぼ満点と言って良いほど高く。
新しい技術や流行に敏感、色々な描き方を試してすぐモノにする上、言い値で描く為コストパフォーマンスもかなり良い。
しかも絵を描くのが好きで、無償から有償までとにかく何でも描きたがる。
忙しい時に仕事を手伝って貰うと、何故かしら客足が減り始め。
何年も下積みして、ようやく掴んだ上顧客が、知らない内に離れていって。
気が付けば、仕事が全部獲られ無くなっている、と言う人が何人も出たそうだ。
付いた異名が客殺し。
店の客筋が全部殺される、の意味だと思う。
そんな人物だからか、当然警戒網のようなものが既にあり、恩師もそれに加わっていたようだ。
客を全て奪われた者の気持ちは、お前には分かるまい。
絶対に敵わないのが分かっているから、あいつが死ぬまで待つしかないんだ。
このような行いは人道的には確かに良くない。
良くない事だが、我々はこうするしか生き残る方法がなかった。
頼むからお前はあいつに関わるな。
重苦しい空気の中、恩師が語った言葉は今でも覚えている。
その後自分は早昼の為事務所を退出した。
勿論方便だ、恩師が電話する内容を聞く訳にもいかない。
義理と人情の板挟みのようなものを感じつつ、貰ったおにぎりを食べに空いているベンチを探しに向かった。
連絡ルートが出来上がっている辺り、想像より大きな規模で事が動いていた様子が伺える。
絵を描く、というだけで一体どれ程の恨み辛みを買ってきたのだろうか、あの初老の男は。
本当に干されるって云うのは、こういう事を指すのだろう。
そんな話を聞いた位では、今日で出会ったその人が嫌いにはなれなかったが、自分は恩師に従う事を約束した。
しかし、次の日また会う。
用事で外出した際に、ばったりと。
どうやら自分を探していたようで、会うや否や色々と詫びられた。
昨日恩師が何か告げたのだろうか。
自分は問題ない事を告げ、少しだけ立ち話をした。
もっと西に行ってみると言っていた、どうやらこの町から去るらしい。
自転車に乗っていたから、移動に自動車や交通機関は使っていないようだ。
どうにもならない程困った時に使って欲しい、と付け加えて、金が無いというその人に、幾らかの金と弁当、飲み物を渡す。
先日の強引に渡されたおにぎりの礼もあるが、このまま無一文等で行き倒れ、という事になっても寝覚めが悪い。
先日の約束もある、自分に出来るのはこの位しかないが。
丁寧に何度も礼を言い、初老の男は去った。
これは想像になるが、どこかの町で絵を描く為にまた客を探すのだろう。
果たして安住の地はあったのだろうか。
……2度目の遭遇を、恩師には報告していない。
この件の顛末で話せる内容は、これで全部だ。
今思えばあの時名刺位貰っておけばよかったよ、と思う。
言われたことを、律儀に守ってるから人脈の増えない原因になっているんだが。
今回はこんなところか。
生きてれば、こんな出会いと別れがあるってことだな。
役に立つかは知らないが、また何かを思い出した時に。
君の明日に、笑顔が灯るなら。