2019年10月15日火曜日

しごとスタンス(3)

昔、イラスト制作のプロジェクトに関わった時の話。

ある会社のアートディレクターを務める人物が入院する事になった。
社内に代役がおらず、困り果てていた模様。
何故かはわからないが、自分が代わりに、と白羽の矢が立ち相談を受ける。
3日程の予定だったので、引き受けてみたのだが。


話を聞くと、職場が何やら難しい雰囲気の様子だった。
先ず、アートディレクターお気に入りの、会社の稼ぎ頭であるイラストレーター。
次点であまり稼げていないイラストレーター。
これの仲が芳しくなく、業績に影響があるようで、会社としても悩んでいるという話だった。
問題はそこか。
個人的にイラストは好き、と言うか愛しているので、何とかしてやりたいと思う気持ちがあったように思う。
データや電話をやりとりして、2人の描いたイラストを見たり、話をしたりで初日は過ぎていく。

稼ぎ頭の方は、ふわりとしたタッチの、いかにも手描きの様な柔らかなイラスト。
主にウェブ関係の仕事を任されていて、顧客の評判は普通、会社の稼ぎ頭なのに、だ。
稼げてない方は、かっちりした濃い目の塗りと硬いタッチを持つイラスト。
主にポスターなど印刷関連の仕事を行っており、評判も芳しくないが、こちらは何となくわかる。
タッチによる好みの違いはあれど、どちらも巧く絵の技量にほぼ差は無い様に思えた。
しかし売り上げに差があり、評判にも影響しているらしい。
ここまで聞いて自分には、業務内容のミスマッチがはっきりと浮き上がって見えていた。

電話で話をした結果、イラストレーター2人の仲は悪くない。
会社の説明から受ける印象より、遥かに良好。
どうもアートディレクターお気に入りのイラストレーターにだけ、仕事が集中し稼ぎ頭となっている様子が見て取れる。
仕事の割り振りは、全部アートディレクターが取り仕切っていた。
あまり稼げていないイラストレーターは、すっかり自信を喪失している。
理由を聞くと、アートディレクターはお気に入りの方だけ育てたいとの事。
どちらか一方的に片方だけ可愛がる仕事の割り振りじゃ、まあそうなるだろうさ。
心情ともかく、会社の利益にはならんよな。

そう考えた自分は、会社にミスマッチ要因を伝える。
顧客の好みとそれぞれ2人のタッチがかみ合っていない事。
ふわりとした手書き風イラストは、ウェブではディスプレイの発色次第で見栄えしづらい場合がある事。
硬いタッチで濃い目の塗りイラストは、発光するディスプレイで見る機会が多いウェブ向きである事。
これらを伝え、2人のイラストレーターの業務配置転換を、会社と2人に提案した。
代理は自分なので命令できる、という理由で話はすんなりと通ってしまう。
ただ、お互いの業務を逆にすることに不安があったようなので、イラストレーター2人には、印刷とコンピュータグラフィクス、それぞれの技術交換する時間を設けるようにした。
昼休み一緒に食事するなり、帰る時間もなるべく合わせて夕食なり居酒屋で一杯やるなり、業務に慣れるまで常に話し合って仕事に取り組むようにと。

先ず配置転換して初回案件の顧客評判から、ガラリと変わる。
自分の読み通り、顧客印象が向上したのだ。
稼ぎ頭は印象が更に良くなり、稼げてなかった方も顧客からベタ褒めされ、余程嬉しかったのか応対方法を訪ねて自分に電話してきた程。
会社も伸び悩んでいた、顧客からの評判が劇的に改善されたのを受け、案を積極的に採用する気になったようだ。

話が進んでいき、約束の3日が経過した。
アートディレクターの病気が重く入院が長引き、面倒を見る期間を1週間延長して欲しいとの事。
最初の3~4日以外は、特に問題無かったので延長を受ける。
同じ職で絵に関心があり仲良くしたかったが、アートディレクターの目も厳しく、挨拶及び業務連絡のみと、口数も必要最小限に抑えていた2人。
提案した技術交流を機に、堰を切ったように会話が弾み、社内の雰囲気が良くなったという連絡を受けた。
仲が芳しくないと聞いていた分は、これで解決か。

更に予定が延びた。
アートディレクターの入院が長引いているらしい。
この頃になると問題は既に解決しており、面倒を見ていなくても会社の仕事は回っていた。
責任者不在はマズいので、ディレクター退院までもう少し、と言うような電話を受ける。
時々かかってくるハズの進捗と顧客に対し応対調整指示の相談電話も、今はほぼ無い。
何か問題が発生したら連絡をする様にだけ告げて、電話を切った。

その後アートディレクターが帰ってきて、仕事は完了。
自分は通常業務に戻った。
しかし、これでめでたしハッピーエンド、じゃあなかったんだな。

余談として。
帰ってきたアートディレクターから電話を受けた。
お気に入り重視の、アートディレクター好みの仕事の割り振りではない事を伝えられる。
これから進行中の案件をイチからやり直すから、自分は一切口を出すな、との事。
顧客の評判が良くなっている組み合わせを崩すのは、全くお薦めしないが、自分はもうその会社の職務を離れており、当然ながら口を挟む理由がない事を伝えた。
アートディレクターは、気に入った方法の仕事の割り振りでなく、お気に入りだけが活躍する内容でもなく、これは自身の受け持つ理想の仕事ではない、という理由で権限を濫用し、プロジェクトの業務遂行を放棄してしまう。

続いて、イラストレーター2人の関係。
アートディレクターお気に入りのイラストレーターが男性。
もう1人の、稼がせて貰えず意気消沈していたイラストレーターが女性。
自分がこの一件に関わるより前に、男性は女性を少なからず意識しており、稼ぎ過ぎて女性が非難されないよう気を使って、仕事ぶりをセーブしていた模様。
女性は男性の気遣いを察してはいたが、アートディレクターの目が怖く、まともに取り合えないでいた。
今回の件で垣根が取り払われ、かなり仲が進展した様子が見て取れる。
いつしか2人は相思相愛の仲になっていたようだ。

しかしアートディレクターが退院してきた事で、環境が突然元に戻ってしまった。
当然ながら良くなった環境を無理矢理戻そうとしても、反発を受けるだけで元の鞘に収まるハズがない。
女性がアートディレクターの依怙贔屓に耐えられず会社を退職し、後を追うように稼ぎ頭の男性イラストレーターが辞表を出した。
そりゃあ、幾ら仕事を褒められても、恋人を貶められてちゃ、いい気はしないと思う。
恐らく女性を追って、男性は会社を辞める決意をしたのだ。

その後。
顧客との契約を一方的に破棄し会社の信用を損ねた事、素行に問題の無い従業員を、離職させるような業務指示を行った事等の責任を問われ、アートディレクターは解雇された、と聞いた。

この件の顛末で話せる内容は、これで全部だ。
関わったプロジェクトが突然中止になるのは、何だかやるせない気もする。
自分は、何か対応を間違っていたのだろうか?
今も時折問い続けてはいるが、答えは出ない。

今回はこんなところか。
珍しい業務に関わった時の事を、忘れない内に書き残しておく。
役に立つかは知らないが、また何かを思い出した時に。



君の明日に、笑顔が灯るなら。