2020年1月22日水曜日

しごとスタンス(7)

出版社のとりもちした時の話。

自分1人で仕事を回し、そろそろ一人前か、と言えるようになった頃。
出版社から電話があり、何やらトラブルを抱えている様子の話を伺った。
そして、解決に何故かまた自分に白羽の矢が立てられてしまう。
以前の様に犯罪手前のヤバい案件にならない事を祈り、電話に出る。


話をしたのは、出版社の担当者。
ある小説の単行本とやらを作る企画を進行中、トラブルに見舞われたという。
話を聞き進めると、その企画の原作者、イラストレーター、担当者が不仲になったという事が分かった。
特に、イラストレーターが業務を放棄する様な態度を取っている様子。
現状は企画が頓挫する直前と言っても良い程険悪になっており、これを何とかして欲しい。
やや興奮気味に、担当者は語った。

困った事に、話だけでは原因がさっぱり見えてこない。
企画がポシャると社に損害が出るので、焦っているのかもしれないが。
落ち着かせて幾つか質問をすると、担当者はイラストレーターが原因で企画が進まない、という考えを持っている事が分かる。
平等に3人の関係を整理する必要を感じた自分は、一旦電話を切り、他の人物にも話を伺う事にした。
電話番号は事前に尋ねている。

先ず原作者に電話をかけ、挨拶をする事にした。
企画がトラブルに見舞われている事を告げ、どこまで知っているのかを問う。
原作者は企画が難航している事は知っていたが、トラブルの詳細までは知らない様子が伺える。
担当者との関係は良好で、最後に会ったのは何週間も前になるという話を聞いた。
イラストレーターとも特に問題の無い関係で、会った事は1度しかなく、電話も担当者がいる時しかかけないという。
困惑した弱々しい声で、原作者は語った。

ここでも原因が見えてこない。
何かを隠している様子はなかったように思う。
自身の作品が世に出るか出ないかの瀬戸際、トラブルに見舞われ心底不安なのだ。
心中察して余りある。
礼を言って電話を切り、次の人物に話を聞く事にした。

次にイラストレーターに電話をかけ、自身の役割を名乗り、原作者のとの関係、印象を尋ねる。
そちらの印象は特に悪くなく、関係は普通との回答。
イラスト制作業務の関係上、連絡の必要がある時以外は電話もせず、最近は話をしていない様子だった。
そして案の定、担当者への印象は最悪。
関係もかなり悪く、今日も来たので会い、口論になったと言う。
金切り声でイラストレーターは語った。

余程腹に据えかねていたのか、悔し涙を滲ませ怒りに震える声は、担当者への文句が溢れ出して止まらない。
30分程愚痴のメモを取りながら続きを促す。
何があったのかを全部聞き出して、洗い出さなければ事が進められないからだ。
何度も同じ事を説明しても、(担当者が)理解しない、あの分からず屋!
と、大きな声で言われた時、それは何時からなのかを尋ねた。
説明を何回も繰り返さなければならない事があった、それは何時からなのかと言う所に自分は着目する。
担当者とイラストレーター、不仲になった原因がそこにあるのかもしれない。
何度も説明しなければならない事、その内容が分かれば、今回のトラブルの原因が判明する可能性がある、と考えたのだ。

幾分か冷静さを取り戻し、イラストレーターは説明を始めた。
今回案件に上がっている小説用の表紙と挿絵を描き、原作者と出版社とに確認した後に、表紙の修正依頼があったという。
その修正依頼の内容が、小説の内容に反するもので、整合性を鑑みて断っていたという話だ。
話を聞く限りイラストレーターは、別におかしな事はしておらず、ミスどころかむしろまともな良い仕事をしている様に思える。
出版社がそんなミスをするのか、という疑問が出てきたが、内容をこちらでも確認するという事を伝え、電話を切った。

再度原作者に電話し、修正依頼の内容と、それを確認できる資料の送付を依頼する。
修正内容を確認したが、原作者は知らないという。
時刻はもう日が暮れており、以降は明日から、という事になった。
流石にこの拗れは1日で片が付く内容じゃない。
翌朝原作者から電話があり、小説を試し刷りした本と表紙カバーを送付する旨の連絡が来る。
何日かかかるので待って欲しいという話を了承し、資料を待つ。
届くまでの間は、通常の業務に戻った。
特筆する事と言えば、不安を抱えた原作者とイラストレーターが、帰宅した自分に進捗を問う電話をしてきた位だろう。
その時の自分には、原因を調べている最中だから待って欲しい、と言う事しか出来なかった。

4日後に資料が届いたと思う。
タイトルの入っていない白紙の本と、表紙のデータを確認する。
テレビアニメに出て来るような印象のイラスト。
勿論イラストなので、嫌いではない。
自分の業務を手伝いたいと言う同僚の女の子が、ライトノベルだと言っていた。
昔は伝記から何から種類を問わず貪る様に本を読んでいたが、今は殆ど活字を読まない生活をしているから、小説の種類については詳しくない。
1~2時間程で素早く読み終える。
要点だけ読んだので、面白さを感じたり感動したりとかは全く無い。
宇宙で事故に遭った女の子が少年と出会ってなんやかやして、恋とか友情とかで他の人物と三角関係に発展したり、すったもんだするアレ的なやつ、と言えば分かって貰えるだろうか。
そんな感じの小説だったのを、ぼんやりと記憶している。

概ね内容を把握したので、イラストレーターに電話。
この間よりも、すっきりした感じの声で電話に出てくれた。
長時間愚痴を聞いた事に対しての詫びと感謝を伝えられ、本題に入る。
先ず、依頼があった修正内容を確認。
表紙に描かれた女の子の肌には傷痕が沢山あり、これを消して欲しいという依頼内容だった。
その女の子は、事故に遭ってこうなったという設定の様で、それを消してしまうと確かに整合性は取れない。
そもそも、その女の子は肌を露出させるような服を着たがらない性格だった。
しかし表紙のイラストは、夏に着るような薄く露出の高い服。
元々は、作中の服だったのだが、修正依頼が来て描き直したという話も聞く事が出来た。
違和感しかない修正依頼を誰が出したか、確認しなくてはならないだろう。
原作者に表紙イラストを見せ、そのような修正依頼を出したか、確認を取って貰うよう伝え電話を切った。

すぐに担当者に連絡する。
表紙の修正依頼を出したのは誰か、と。
間髪入れず担当者が出したとの答えがあった。
理由を聞くと、出版する内容方針を決める会議で決まった事だと言う。
確認した結果整合性が合わない事を伝えても、会議で決まった事の一点張りで話が進まない。
話が通じないという理由がここで分かった。
原作者もこの話は納得しており、イラストレーターを説得する様に、とも言われる。
問題はここか、やっと捕まえた。
上司が部下に仕事を丸投げして、内容を把握していないまま、修正依頼が決まったケースだろうか。
内容を伝える資料を出し説得すれば、解決するだろう。
と、その時は安易に考えていた。

電話を終えると、原作者とイラストレーターから同時に電話があった。
恐らく、修正依頼確認の件だろう。
原作者の方から確認する為、イラストレーターの方は後程電話をする旨を伝えて後に回す。
予想通り、原作者は表紙の修正依頼を出していない、と言う話だった。
双方確認が取れたので、資料に記入し帰宅する事にする。
気が付けば、もう日が落ちていた。

翌日から説得する為の資料作り。
どことどこにキャラクターの性格描写があり、表紙イラストと整合性が取れないという証拠書類を作る為、再度ざっくりとあらすじを纏める。
ページ数や文字数を、イチイチ数えながら読んでいる訳ではない。
小説を回し読みをしている、同僚と事務員に資料確保を依頼し、報告を待った。
結果は予想しているので、手遅れにならない内に密かに打診しておく。
読み終えてから資料を求めると、面白かった、感動した、続きはないのか、この本はいつ出るのか、このキャラクターとこのキャラクターの絡みが良かった等々。
要求した資料とはかけ離れた内容の一言読書感想が届いた。
何やってんだ、こいつ等。
予想はしていたが、まさかここまでとは。
この時点で1~2日は無駄になった事を記憶している。

ギブアップ。
素直に白旗を上げ、原作者にどのページに記述があるのかを伺う。
自分で調べるには凄まじく時間が掛かり、頼みの事務員はご覧の有様。
予め打診はしていたから、資料の受け渡しはすんなりのハズ。
しかし、いざとなると事もあろうか、原作者は小説の感想を要求してきた。
自分の本を読んだ感想を頂けたら、請求した資料はすぐに用意できるのですがね、と。
要求には答えず、出来立てほやほやのファン達と話はしたくはないか、と問うた。
……そして仕事の話及び、ディールを終え電話回線を回す。
面白い小説の原作者先生と話が出来るというので、同僚の女の子と、事務員の女の子達は色めき立った。

閑話休題。

出版社の受付に電話し、名乗った後に編集部へ繋いでもらう。
やけに丁寧で、腰の低い言葉遣いの男性が応対してくれた。
ざっくりと事情を説明し、編集長に取り次いでもらうようお願いする。
受付か編集かと思えば、電話に出てくれた人が編集長らしい。
2度程身分を確認し、間違いない事を確認すると、事情と進捗を説明した。
すると、編集長から返答が。
驚くべき事に、会議で件のイラスト修正内容は決めてなどいなかった。
当然編集長は小説の内容も把握しており、修正依頼内容はおかしいとの意思を示す。
自分が電話するまで、知っている事はトラブルがあり、担当者が揉めている、という事だけ。
以上の事柄を、震える声で編集長は語った。

……ジョーカーと言うか狐と言うか。
担当者が会議で決まったという虚偽を伝え、修正依頼を行ったのだろう。
原作者には話は通さず、蚊帳の外。
そして、担当者は小説を読んでいない為、整合性の取れないものになってしまった修正依頼を強引に発注。
イラストレーターは整合性を守る為、修正依頼を受けず。
新たにこの点が浮き彫りになった。
出版社の担当者が担当した、小説の内容を知らない、読んでいないってどういう状況なんだか。
あまりにもアレな状況に、頭が痛くなってきた自分は編集長に告げる。
イラストレーターは修正依頼を受け、既に修正を行った為、費用が発生する事。
再度正しいものに修正する場合、新たな修正依頼となる為、費用が発生する可能性があると。
察してくれたのか、編集長は頷いてくれた。
思うに正直な所、会社がイラストレーターに迷惑を掛けた事になる。
修正費用と言う形で迷惑料を払えば、今後の付き合いに遺恨が残らないかもしれない。
念の為、出版社の経理に事情を説明し、イラストレーターからの請求書を受理するようお願いしておいた。

その後、担当者が帰社命令を出しているのに、戻ってこないと伝えられる。
編集長その他の編集者や受付から、何度か電話があった。
行先を知っていたら教えて欲しい、帰社命令を伝えて欲しいと。
そうこうしていると、件の担当者から自分宛てに電話があった。
何事かを喚き散らしていて、激昂している為、落ち着くよう説得する。

駄目だ、話にならない。
黙って伺うと、イラストレーターと自分の文句を言っている様子。
依頼したのは担当者である己だから、言う事を聞けと言う事らしい。
黙ってないで何とか言えと、意気込んで来た時に、帰社命令の連絡が何度もあったを伝えた。
息を呑んで、やや落ち着きを取り戻す担当者。
事の顛末を編集長に報告した事、出版社から何度か連絡があった事、帰社命令無視は立場的にまずいんじゃないか、という事を告げると、担当者は慌てて電話を切った。

ひと段落つくと電話を待たせている旨を告げられる。
誰かと思えば、イラストレーターからだった。
つい先程まで担当者がおり、口論になったので追い返したと。
それを聞き終え、自分は事の顛末を告げた。
そして修正費用の話はピンと来なかったようなので、声を潜めて説明。
自分につられて、お互いに小声で話す。
レイヤーを入れ替えれば、前のバージョンに簡単に戻せるのは出版社も知っているハズ。
しかし担当者が依頼し、服を描き直した分と、これから元に戻す修正の分は、料金が取れるよう掛け合った事を伝える。
意図を理解してもらい、経理に程々の金額の請求書を送付してもらう事にした。
少ないが、これで社の仕事で遺恨を残さない様に、とも。
2人とも声を元のトーンに戻し、わざとらしい世間話で盛り上がった後電話を切る。
これで仕事は終わり。
原作者には、その内出版社から内情が説明されるハズだ。

翌日朝早く、担当者から謝罪の電話があった。
合わせて小説の内容を全く読んでなかった事も告げられる。
事情を伺うと、露出の高い女の子のイラストが見たかったという話。
挿絵は変更できなかったので、せめて表紙くらいは、と思っての事だったようだ。
そうしたら女の子の肌には傷痕があり、驚いてそれを消す依頼を作り上げてしまったらしい。
つまり、担当者が好みのイラストにしたいが為に、職権を濫用したのだ。
自分はそういう事をしたければ内容をよく読んでおき、他の女の子のキャラクターの服装を薄着にするべきである事を伝え、電話を切る。
これで全ての問題の原因が取り除かれた筈、この件に関して出版社の仕事は上手く回りだす事だろう。

余談として。
小説は編集長が担当になったらしい。
担当者は編集長のアシストに格下げ、暫く編集者としてのイロハを学ぶ為の修行を行うそうだ。
編集部を幾つか纏める役職の人からもお礼を言われる。
経理から上に報告が行った為、編集長の上の役職の方々が動いた様子。
まあ、自分の社内のいざこざより楽な話だった事には変わりがない。
色々あったが、全て対話で穏便に解決出来たからだ。
本は自社の経理が後で郵送し返すことになる。
事務員は全員読み終えた後、経理に渡され、そちらで回し読みされていた。
原作者からも礼を述べる電話があったが、そのまま社内で新たに発生した、出来立てほやほやファンの方に回線を回す。
こっちの方が嬉しいだろうと思う、自分からの配慮だ。
遠慮なく受け取って欲しいね。

イラストレーターからは、特に念入りに礼を述べられる。
見ず知らずの他人に、こんなに親身になってくれたのは何故だろうか、とも問われた。
そんなもの、答えは1つしかない。
全てのイラストを愛しているから、だ。

突然、泣きだされ応対に困る羽目に。
受話器の向こうから聞こえてくる、イラストレーターの嗚咽を何とかなだめつつ電話を切った。
対話の流れから言って、泣く程追い込むような厳しい内容では無い事は断言できる。
だのに何故泣くのか。
この件を思い出す時に考えるが、理由がさっぱり分からないまま今に至る。

この件の顛末で話せる内容は、これで全部だ。
同じ男として気持ちは分かるが。
それで、社の企画が転んじまったらどうしようもないと思うがね。
無事に済んで良かったが、世の中にはこんな感じでこじれて、ポシャった企画も数あるのだろう、と思う。

今回はこんなところか。
珍しい業務に関わった時の事を、忘れない内に書き残しておく。
役に立つかは知らないが、また何かを思い出した時に。



君の明日に、笑顔が灯るなら。