我等が進むべき途は 今や絶えて久しい
微かな 刻の狭間に揺られ 逃がれてゆく
我等をこの地へ縛る鎖は既に消え失せた
見上げれば 光差す箱の庭
我等の望みで 遍く輝きは満たされる
しかし幾つ重ねようとも 我等の想い叶わず
やがて 人はまた 忘れ去るのだ
だが 掴まねばならぬ この空がどれ程広くとも
再び 失う事は許されぬ 其を
かつて逸した遥か彼方に我等は 何時の日か世の礎となるだろう
アンシエンラント創世記 5話
―――――はじまりの物語―――――
4章.光差す庭
小さな光源ひとつを掲げ、通路を進むが、満ちている圧倒的な暗闇を押し返すには、この程度の煌めきでは些か頼り無い。
先程まで乗っていた輝く床は、時間が経つにつれ徐々に狭くなり、小さくなっていった。
まだ随分と余裕はあるが、完全に消えてしまう前に、降りる事とする。
どこでも良い、手頃な場所で止めてくれと言うと、つい、と床は昇る事を止め、最も近い黒い石床の前へと、ぴたりと制止した。
2人が降りると、きらきらと流れ星の様な、煌めきの涙を溢しながら――それは天を目指すかの如く、緩やかに――上へ上へと昇ってゆく。
磨り減って小さく萎み消えたのか、それとも、見えなくなる程高い位置へと昇ったのか、宙に浮き上昇を続ける輝きは、やがて見えなくなる。
ひと時とは言えど世話になった、光る床板がその後、どうなったのかを、彼は終ぞ知る事は無かった。
誰が登る様に造られたと言うのか、背伸びをし、手を伸ばしてようやく届く程の、高く大きな石段が、幾つも続く。
あれは、今の時刻の空の色なのだろうか。
内側に巻き上がる螺旋の淵から顔を上げると、頭上には明るく薄い星がひとつ見えた。
時折、渦巻く乾いた風が音を立てて吹き、外の香りを運び込む。
外の世界はきっと、もうすぐなのだろう。
辺りは未だ夜に満たされているのか、先はまだ薄暗い。
しかし、徐々に明るくなる兆しが、視界が白く明るく広がる事で表れている。
黒い石床の色と形が、時が過ぎ行くにつれ、はっきりと感じ取れるようになり、その分だけ、ランタンに灯る輝きの頼りなさが、いや増してゆく。
今は、光が、世界に満ちてゆく最中なのだ。
じきに、陽がその姿を現し、その身を沈めるまでの僅かな間だけ、夜闇を世の隅へと追い払うだろう。
やがて、ぽつんとした白い光点が、視線の先に姿を現す。
地上だ――。
朝を迎え、陽が輝きを取り戻そうとする世に、幾つもの草木が揺れている。
地下の湿っぽくない、木々の映える香りの良い、乾いた風。
その足跡が、波の様に森の木々を揺らし、一帯を駆け抜けてゆく様が、上からの視点で良く分かった。
地の底の饐えた臭いから、やっと解放され、胸一杯に新鮮な朝の薫りを吸い込む。
黒い石床の正面には、真っ直ぐに下まで伸びてゆく、人が使うに丁度良い設えの階段が見える。
ここを降れば、眼下に見える森に辿り着ける様だ。
今居る所は、石を積んで作った、細い搭の様に見える、やや高い場所。
古の地にある、何の為に拵えられたのか、まるで分かっていない建造物のひとつが、森の中に聳えている。
森の他には、右手側を見渡すと、そちらの方にも、石造りの建物が幾つか見えた。
中にぽつんとひとつだけ、見覚えのある建造物がおぼろげに映る、あの辺りから地下に降りて行ったのだろう。
そして、正面に顔を上げると、目の前の空の向こうには、陽の光を発する球体が浮かぶ。
久々の外の景色を眺め、感慨に至っていると、背後から声が聴こえた。
「ハザ――」
リムの呼び声に振り向けば、彼女は巨大な石段の縁へと、両手を前に掴まり、じっとこちらを見ている。
肩より下が全く見えぬその姿は、石段を登っている事を伺わせるには、十分過ぎる姿勢。
このままでは、登る事も降りる事も、この女の力では叶わない筈。
放っておけばその内にでも力尽き、滑り落ちて怪我をしてしまうだろう。
こうして眺めている間にも、彼女はずるすると手が滑り、下に落ちようとしている。
浮けば良い話ではないか、とも思ったが、時折下から吹き抜ける風が強く、浮いていると、飛ばされてしまうのだそうだ。
宙に浮き、歩かずに済むというのは楽に見えて、実の所は意外と不便なのかもしれない。
彼女の言っていた、浮くだけで進む為には、何かの力を借りねばならない、という言葉は、嘘偽り無い本当の事である事を、ハザは今更ながらに理解する。
そして、今、目の前で女は滑り落ちようとしていた。
彼は駆け寄り、屈み込むと手を伸ばそうとする、石にしがみ付くのが辛いのか、二の腕をぶるぶると震わせる、不安定な姿勢の娘の脇へと手を伸ばす。
滑らかな柔らかい肌に、その手がしっかりと触れた瞬間、まるで重さが失われたが如く、リムの身は軽々しく抱え上げられる。
そのまま青年は後ろに数歩下がると、くるりと踵を返し彼女をそっと下ろした。
ふわりと浮くのかと思っていたが、娘は両の足をしっかりと地に着けた後、脚を広げ、ぺたりと黒い石床に座り込む。
へたり込んだ、という方がより近いだろうか。
そうすると、何処からかからん、と音を立て壊れたランタンが、前に転び出る。
周囲が明るくなってきた為か、その灯火は地下に居た時より目立たなくなっていた――もう使い物にならなくなったこんなもの、さっさと捨てれば良いものを。
「これはハザ、貴方から預かったものですよ。
お返しする刻が至るまで、失くす訳にはいきません」
思わず喉まで出かかった、ハザの考えに間髪入れず、説明を語り始めた彼女。
相変わらず、何がしたいのかは分からないが、妙な所でリムという女は律儀だった。
ますます呆れた顔を深くして、青年は投げ打つ様に言う。
「要らん、そんなもの。
俺は新しい物を買うから、欲しければくれてやる」
明るい中でよく見れば、取っ手が枠で辛うじて繋がっている、だたそれだけの代物。
暗いとはいえ、ぼんやりとした薄明かりが、何処かにあった地下では、無くても大丈夫な時も多かったが、矢張り明かりは手元に1つは無いと不便だ。
早い内に新しい物を、商う者から手に入れる必要があるだろう。
「それでは頂きますが、これは食べたくないですね。
錆びていて、美味しくはありませんので」
聞き捨てならない言葉を聞いた刹那、驚いた面持ちを浮かべかけたハザ。
が、この女のやる事にいちいち驚いていたのでは、それこそ身と心が持たない――持つ筈が無い。
そして、その美しい娘という容姿に絆されていたのだろう、今の今まで忘れていたが、この女は鉄喰らいであった。
まさかとは思うが、食う為に持ち歩いていたのではないだろうな。
俺の剣や、財布の中身を狙われては敵わん、反射的にそう思うと、引き継ぐ様に話を続けるリム。
「ハザの剣は――。
我等が食べるには大きすぎますよ。
もっと味が良くて、少し小さい物が良いですね。
まだあの時の袋の中の方が、食べ易いのでそちらを頂ければ、と」
「駄目だ。
財布の中身には手は出させん」
矢張り狙いは財布か、と考えながらも彼は鞄に手を掛け、警戒するように身構えた。
そして、財布の中身の話から気を散らそうと、素早く話題を切り替える。
「そう言えば、仲間とやらに会うのだろう。
これから居場所を探し、訪ね歩かねばならないな?」
そう、確か仲間と会う為に、地上を目指すとリムは言っていた。
本当に同じ者が居るのか、確かめては見たいが、戦いもせずわざわざ探すだけの事に、付いて行く気もしない。
悩み決めかねていると、リムの柔らかな唇は、その話がもう済んだ旨の言葉を紡ぐ。
「はい――。
もう終わりましたよ。
随分と長い間、我等を待ってくれていました。
この大地は、やがて我等の願いで、満たされてゆくでしょう」
「今、誰かと会ったようには見えんな。
良く分からん奴だ」
石の壁にもたれ、彼女の方を向くと、彼はそう話す。
先程から姿勢を変えず、リムは石の上に座り、青年の方へとじっと視線を向けたまま、であった。
そして、陽光に照らされた形の良い唇が、ゆっくりと動く。
「我等が意思の疎通を行うのに、位置や距離は関係ありません」
「そんなものか――満足したならそれでいい。
遺構の封印の解く話とやらは、どうなった。
大した力になれるとは思えんが、俺も手伝おうか」
確かにこれは、大した力にはなれそうも無いだろう。
精々が物を運んでやる程度だ、そんなもので良いなら、飽きるまでの少しの間位は、手伝っても構わないが。
ハザの申し出に、珍しく僅かな間逡巡した後、リムはきっぱりと断りを入れる。
「いいえ――。
魔の力が扱えぬハザでは、大変な困難が、待ち受けている筈ですから。
我等が、内外から紐解けば、数千と数百年程度もあれば、封は解かれます。
お気持ちだけで、十分ですよ」
「ハッ。
相変わらず気の長い話だ。
途方も無さ過ぎて、俺には想像も付かん」
何時になるか分からない膨大な時間を示され、彼は苦笑を浮かべた。
当初の目的は果たし、地上へと連れ出した――この女をどうするするかは、もう考えなくても良い。
王の触れにより、訪れる者が増え始めた、遺構の迷宮に居るよりは、古の地を離れる方が余程安全である。
裏切り者の元凶も始末したし、神の後を追うという宝珠も確と叩き割った、後はこの地を離れる事さえ出来れば、厄介事をわざわざ背負い込まない限りは、追われる事も無く、安全に旅が出来るし、どこか別の土地に隠れ棲む事も出来る筈だ。
そうなればこれ以上、リムのお守りをする必要は無いだろう。
やがてハザは崩れた石壁にもたれかかると、再び朝の日の光を見る。
「生き残りが居ないなら、俺の名の噂も飛ばないな。
全く、今回の旅は大損だ」
朝の輝きに眩しそうに目を細め、彼は独り言ちた。
彼女を教団へ送り届け、報いを受け取る手筈の目論みが、失せてしまった以上、青年は、また流浪の民の、戦う者に戻る心積りを固めている。
戦約は違えられ、報いは受けられず、名を馳せる事も無い――。
だが、収穫はあった。
より強くなる為の標を、得た事である。
戦う者としての役目をこなしながら、あの夢を追って、旅をしても良いかもしれない。
自身を打ち負かす程の技を持った、戦う者を何時の日か探し出し、師として仰ぐという夢を。
「夢ですか――。
もう1度言いますが。
貴方より剣を速く振れる者を、我等は知りません。
既に貴方の剣は、身を護る物すら意味を為さない様に思えます。
ハザ、貴方はそれ以上、何を求めているのでしょうか?」
そこで、物思いに耽る青年の想いを読み取ったのか、リムがぽつりと溢す様に言った。
大きな価値観の隔たりに眉を顰めたが、彼は口を開く。
「疑問に思うのは尤もだが、戦う者の目指す所など、そんなものだろう。
元より分かって欲しい、などとは言わんが、な。
欲を言うなら、この盾や鎧も放り捨て、剣だけで渡り合いたい位だ。
これを身に着けている間は、どれ程剣の腕に自信があっても、未熟だと思う事にしている。
それにアレも、何時でも出来ると云う訳じゃあないからな。
もっと鍛錬して、上手く行く方法を確かめねばならんし、そもそも俺が出来る位なんだ、他に出来る奴が居たって、ちっともおかしくはない。
もし、師となってくれる者が見付かれば、きっとそう思うだろう」
身に着けた胴鎧と、そして盾を、身振り手振りで指差しつつ、胸中を語りながらも、リムの顔を見つめ、ハザは更に思いを馳せる。
お前に比べれば、俺など死を恐れる、只の人に過ぎん。
それが今回の旅で、身に染みて良く分かったよ。
迫る攻撃を、全く避けないのには参ったが。
それでも幾多の者、己より確かに力の強い者を前にして、お前は1歩も退こうとはしなかった。
黙って倒される姿は、決して勇ましくは無いものだったが、リム、お前の様な者こそ、真に死を恐れぬ者、とでも呼ぶべきだろうな。
死を恐れずに向かい合う、とは、どういう事なのか、俺の方こそが教わった気がする。
少しは避けろと思っていたが、あれは、そう思うのは、俺が、俺自身が死を恐れているに、他ならないからだ。
何だ、あれか、ああいうのか?
これを何と言えば良いか、さっぱり分からんが、ああいうものが、これから俺が更に強くなる為には、まるで足りていないのかもしれないな。
しかし、あんな事はそう簡単に、真似出来そうもない。
だが――。
退かずに戦う――戦い抜く。
その様な事が、己が体術や剣の技だけで、果たして可能なのか。
だが、いずれその道を、極めてみたい。
己が技の鍛錬に、行き詰まりを感じていたハザの胸中には、彼女の習性からある種の光明が、行く先を照らし始めている気がした。
しかしその漸く見えて来た、長年の夢へと辿れる道筋が、耳朶を打つリムの声に、暗雲となって垂れ込めた挙句、淡い霞となって消えしまう。
「では、これからもそうしましょう。
我等もその方が、何かとやり易いですから」
またしても心を読んだらしく、その発言の内容は、青年の思考の対話の続き、と言わんばかりであった。
大した事は知っていないし、考えても居ない、読まれた程度で困る事は無い。
無いが、その意図を理解したハザは、彼女の方へと上半身を振り向け、大きな声で叫ぶ。
「や め ろ ッ !
同道者が討たれるのは、見ていて気持ちの良いものではない」
何故かは分らないが、昔から、同じ隊の者や連れ合いが斃れるのを見ると、背筋が冷え込む様な思いを感じるのだ。
故に、青年は大した付き合いが無くても、無謀な事をされたり、手遅れにならない限りは、意図せずとも時として、手を差し伸べてしまう。
戦う者としては実に甘い、損な性分ではある事は、十分に理解している。
しかし、そんな思いを受けてもどこ吹く風の、茫洋とした澄まし顔が、彼を出迎えた。
涼し気な面持ちが、実に小憎らしい。
「そうぽんぽん死なれちゃ、気が休まらん。
お前も少しは気にして貰えると、非常に助かるんだがな?」
「被害が最小限となる様、我等は我等で、きちんと選択していますので。
魂をひとつしか持たぬ者とは、元より戦い方が違うのですよ、ハザ」
それとはなしに嫌味を含めつつ、少しは合わせてくれ、と苦し紛れにひと言返しはしたが、合わせる必要など無い、と言わんばかりに、彼女はきっぱりとした回答を返す。
変わりないリムの態度と声に、対抗すべく策が見当たらず、手の打ちようのない彼は、苦虫を噛み潰したような様相を浮かべ、軽く舌を打つ。
そして全く通じていない嫌味に溜息を吐き、わしわしと自身の頭を掻いた。
諦めにも似た境地に陥る心に落ち着け、己は何か、と念じながら深い呼吸を行う。
そう、俺は剣を手に戦う者。
故に挑み、勝たねばならん戦いは、論戦や舌戦では無い。
論じあうのが好きな、知恵者にでも任せておけばいい、そんなものは。
内心の装い新たにそう思い直すと、不思議と軽く笑いが込み上げてくる――何故言い合い如きで熱くなっていたのか、と。
「――フ。
思いの外、口の減らん奴だな、お前は。
さあ、茶番はここまでにしようか。
俺はそろそろ行く」
程なくして、平常心を取り戻したハザがそう告げつつ、物静かな外面にそぐわぬ、妙に弁の立つ女から視線を反らし、石塔を降りる階段へと足を向けた。
何時の間にか、隠れる様に大地の向こうから、恥ずかし気に顔を覗かせていた日は、もう既にその姿を現わしている。
歩き始めるには、そろそろ頃合いの時間だろう。
「はい。
ハザ、貴方はこれから、どうされるのでしょうか」
この女が、自身の様に争いの場を渡り歩くとは、到底思えない為、ここいらでお別れする事となりそうだ。
何かあれば、また巡り合う事もある、かもしれん。
しかし、もし次に会う時が来たならば、それは何時の事になるのやら。
学の無い自身とは違い、頭は回るようだから、知恵者としてなら左程の苦労も無く、生きていける筈だ。
御伽噺に出てきそうな美姫に、甲斐甲斐しく付き従う者でもあるまいし、いちいち付いて回る必要も皆無。
かと言って冷たく突き放す事も無く、彼女が望むなら、安全で治安の良さそうな、大きな街まで連れて行ってやっても良い。
どうしたいのかは、聞いてはいないが――珍妙な性分を持つこの女は、必要があれば臆せず言って来るだろう。
後は、リムには目的があるようだし、好きに生きて行けばいいのだ。
何をしたいのかは知らんが、邪魔をする気など毛頭無い。
願いとやらを満たしたければ、思う存分やってくれ。
リムの静かな問いかけに、そう考えると、彼は肩口に鼻を寄せ、少々大仰に臭いを嗅ぐ。
「俺か? そう――、そうだな。
差し当っての事になるが、服を洗いたい。
酷い臭いがするんでな」
それから、そう言って身に着けたジャケットの襟を、両手の指で軽く摘まんでから放すと、ハザは静かに笑い、眼下に見える森の方へと向かって階段を降り始めるのだった。
アンシエンラント創世記
完
古いが頑丈な石の段を、降りていく真っ最中。
普段、彼の後ろを滑って進む彼女にしては、珍しく、つい、と横に並んできた。
もう一緒に、行動する理由は無い筈なのだが、何か用でもあるのだろうか?
黙って様子を窺っていると、リムの方から、ハザへと語り掛けてくる。
「そう言えばハザ。
貴方は随分と持て囃されているのですね。
その位で、我等は諦めませんから」
「何だ、何の事だ?
この期に及んで、変な冗談は止せ」
何だろうか、嫌な予感――。
己の直感を信じ、話に付き合う気は無い、という意志を語気に乗せる青年。
「冗談では――。
我等は冗談など言いませんよ。
どうか、どうか、お約束願いたいのですが。
死を得た後のハザの魂、我等が貰い受けたいのです」
あの時丁重に断った筈の、死へのインヴィテイションが、ハザの前に再び突き付けられる。
確かに、確かに――この女が冗談を口に上らせる所を、見た事が無い。
こんな事を感じるのは、果たして何時ぶりだろうか、ぞわりとした悪寒が背筋を駆け抜けてゆく。
「おい、それは間に合っていると、断っただろう。
死んでからもこき使われるなぞ、真っ平だ」
思わず頬を引きつらせ、彼は変わらぬ決意を語って聴かせた。
「こき使うなんて、とんでもない――。
当然乍ら待遇は、他と一線を画しましょう。
我等はそう、そうですね、ハザ、貴方は唄がお好きでしたね。
ならば、貴方の為に唄っても良いですよ。
他に願いがあるのなら、我等は聴き届けるでしょう。
それでどうか、ご再考くださいませんか」
「それも言った筈だ、俺の願いは、剣を扱えないお前には、叶えられん。
すまんが、他を当たってくれないか」
必死の形相、何時もより早口で、捲し立てる様にハザは言う。
リムの美しい歌声は、確かに魅力ではあるが、その程度で、夢を捨てる訳にはいかん。
そうだ、俺は死を得たいが為に旅をしているのではない、師を得たいのだ!
目的を再度認識し、決意を新たにした彼は、毅然と彼女を見返す。
だが、茫洋とした澄まし顔で、青年を見つめ返す面持ちに、期待したような変化は訪れない。
「もう、無理ですよ――。
それに、今すぐという訳ではありません。
貴方が生に飽きるまで、我等は待つ事が出来ます。
ハザ。
どうぞ、いえ、これでどうか、ご再考を」
何が無理と言うのか。
そもそもそんな条件で死ねとは、再考の余地などあろう筈が無い。
リムの言葉の真意は、例えるなら濃霧の中を彷徨うが如く、その意図を掴みかねる為理解に苦しむ。
珍妙な物言いに、漸く慣れて来たとは思った矢先、人というものを遥かに超えた、得体の知れないこの気の長さには、これからも苦労しそうだ。
前髪をかき上げ、大きな、大きな溜息を吐いたハザは、彼女に己の決意の説明を繰り返す。
これで諦めてくれ、頼むと言わんばかりの、精一杯の面持ちで。
「変な所で気の長い奴だ……。
リム、お前は何でそんなに――、そもそも――。
だから……、俺はだな……」
石段を降りてゆく2人の男女の姿と、そして声が、徐々に小さくなってゆく。
やがて、木々の間から、小さな小鳥達が飛び立つ。
爽やかな朝の光に満ちた世界の中、ざあっと緩やかな風が靡き、眼下に広がる森の葉や枝を、静かに揺らしていった。